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等身大の働き方やキャリアについてのメンバーインタビュー:(株)ぱとか代表取締役 水野芙沙子さん

更新日:3月16日

杉並区西荻窪のコワーキングスペースfactoriaには、フリーランスや起業家、国内外の法人代表や会社員、在宅勤務やテレワーク中の会社員、副業を兼任し複業をしている会社員と多様なキャリアや働き方をしている人達が集っています。 今でこそ、自分らしいキャリアや働き方を築いている様に映る彼らも、過去には私達と同じ様に悩み、考えていた日々があり、またこれから先も同様に、悩み、考えながら日々を過ごしていくはずです。

そんな私達の身近にいる等身大のロールモデルである彼らに、今のキャリアや働き方に至った背景やその時に悩み、考えていたことなどの経験談を共有してもらうことで、これからの働き方やキャリアについて悩み、考えている人が、ちょっと明るくなったり励まされたり、これからどうして行けばいいのかのヒントを得られたら、私達が生きている今と未来に一筋の光明が差し込むのではないかなと思い立ち、メンバーインタビューを始める運びとなりました。 メンバーインタビューを始めるにあたり、根掘り葉掘りと質問するインタビューを快く引き受けてくれた仲間の協力に感謝します。 それでは、第1回目のゲストをご紹介いたします。

ゲストは、factoriaと4年程のお付き合いになる(株)ぱとか代表取締役の水野芙沙子さんです。 現在は育児と仕事を掛け持ちし、忙しい毎日を送っている水野さんに、これまでのキャリアやフリーランスを経て会社設立した背景を伺っていこうと思います。


今、どんなことをされているのか簡単に自己紹介お願いできますか?

株式会社ぱとか代表取締役をしています。

事業内容としては、Webプロモーションにまつわるご支援をさせて頂いています。具体的にはSNSを絡めたキャンペーンやプロモーションの企画から実制作、運用までをまとめて支援させて頂いております。

10名前後のスタッフ全員が女性ということもあり、女性化粧品関連での実績が多く、得意な分野でもあります。

これまでのキャリアとその働き方はどうでしたか? 大きく分けると会社員として5年間、フリーランスとして8年間、その後、法人化し6年目になります。

キャリアのスタートは、大手ベンチャー系Web広告代理店のWebメディア担当でした。当時は、週の半分は会社に泊まるような生活をしていました。

その後、転職した老舗音楽メーカー企業ではWeb事業部に配属となりました。当時はまだ珍しかった実験的なプロジェクトであるオンラインレッスン事業の立ち上げとメディア運営を担当していました。今思えば会社員時代は、毎日、満員電車に揺られながら、よく我慢していたなと思います。 個人としてご依頼いただくお仕事が増えたり、前職の同僚の会社立ち上げを手伝うことになったりということもあって、同社を退職し、フリーランスとして自宅で開業し、その後法人化し現職となります。


フリーランスのきっかけは?当初から仕事は順調でしたか?

Web広告代理店はベンチャー企業のため意思決定が早くて良かったんですが、当時はブラック企業、また今思えば野心盛んな若い人ばかりだけに社内政治も活発で、億劫になって退職を決めました。

転職先のメーカー企業は、老舗だけに良識のある職場でしたが、ベンチャー企業とは真逆で昔っからの日系企業体質だったため、意思決定がゆっくりで、もどかしく感じてしまいました。

そんなこともあり、フリーランスとして活動することを決意しました。前職の同僚から会社立ち上げの手伝いに声をかけてもらったこともあり、フリーランスとして開業当初から仕事は順調でした。

ただ、東日本大震災やリーマンショック時は仕事が激減し、転職活動をしたくらい大変でした。どうにかフリーランスとして粘ることができましたが、今回の新型コロナウィルス感染症の影響は長引きそうで、フリーランスの方々はとても不安だと思います。仕事がない分、営業に力を入れて、クリエイターなら実績となるような作品作りやコミュニティへの参加など、細々とでも今できることを考えて、なんとか乗り切って欲しいです。

フリーランスから法人化したきっかけを教えて頂けますか?

きっかけは子供が欲しかったからです。 フリーランスは一人きりで全責任を担わなきゃいけないので、深夜作業の仕事でもとりあえず不安だから全部請け負ってやっていましたが、流産が続き、働き詰めや深夜作業はやっぱり体に負担がかかっているんだなと気づきました。法人化することでスタッフと仕事を分担して並行作業することができるようになり、また、自分ではなくスタッフがやると思うと、深夜作業が必要な仕事は請けないようになりました。弊社は残業無し。30代半ばまでブラック体質だった私が信じられないくらいのホワイト体質になりました。

また、年齢的なこともありますね。これまでは元気で何でも仕事を受ける若手という立ち位置だったこともあり、仕事を取れていた部分もあったと思うのですが、30代半ばを過ぎてくるとWeb広告業界ではクライアントも年下になったりするので、このままでは厳しくなってくると思いました。また、若手の感性的なインプットの部分がフリーランス独りだと難しいので、組織化して大きなパワーにしていった方がいいなという思いもありました。

大御所は別ですが、ほとんどのフリーランスって社内に担い手がいなかったり、困ったことがあった時、助っ人的に呼ばれることが多いと思うので、発注側からすると年齢が若いと使いやすいけど、年を重ねると使いにくい、頼みにくいという部分も出てくるのではないかなと思いました。

クライアントからすると、法人という信頼の部分も大きいかなと思います。

法人化のきっかけとしては個人的な理由でしたが、会社を立ち上げてからはメンバーが家族のように思え、大切なものが増えて法人化して本当に良かったと思っています。できるだけメンバーが辞めることのないように個々の自己実現の欲求には耳を傾けて、家族のように老後まで支え合って行けますようにと願っています。

今の働き方はどんなスタイルですか?

創業時から全スタッフ、フルリモート勤務です。

私は子育て中ということもあり、作業は自宅に篭りつつ、打ち合わせのためにクライアント先へ伺ったり、西荻窪のコワーキングスペースfactoriaで打ち合わせをしています。

ちょっと別件ですが、コロナに伴い今回、初めて在宅勤務やリモートワークを導入した企業が多いと思うのですが、導入にあたり不安を抱えている企業の管理職やスタッフ向けに、フルリモート企業である弊社のノウハウをnoteで公開しています。( https://note.com/patka_jp/n/n3960288520c6


factoriaとの出会い、使い方や感想を教えていただけますか? 創業当初は自宅で開業していたこともあり、これまで自宅かカフェで打ち合わせをしていましたが、クライアントとの打ち合わせ場所が、毎回カフェっていうのも怪しいかなと思い、入会を決めました。 factoriaにいるメンバーさんと出会えたことが良かったです。こういうことができる人いないかなーと思った時にぴったりメンバーさんにハマって、お仕事をお願いすることもできました。 子育て中なので、最大限活用はできていないのが、勿体無いなと思います。もし、単身だったら、毎日オフィスに行って他のメンバーと会話したり、盛んに開催されているイベントに参加したいなといつも横目でいいなぁと思っています。 他のメンバーさんも子育て中の方が多いと思うのですが、皆さんはどうやって子育てと家事と仕事を両立されているのかと、すごいなと思います。 なぜ、西荻窪のコワーキングスペースを選んだのですか?

渋谷でも探しましたが、インテリアにこだわり過ぎていて、いやらしいなぁと思ったこととブースで別れているシェアオフィスはラーメン屋さんみたいで嫌だなと思っていたので、factoriaはシンプルでミニマムで、ほどよくおしゃれで、抜け感があるのが気に入りました。西荻窪という街も、小さいながら個性あるお店が集まっていて大好きです。


これからの働き方やキャリアに悩んでいる企業や人へのメッセージを頂けますか?

コロナの影響で、在宅勤務やリモートワークを始めた企業や個人が、オフィスに行くことの無駄さに気づき、リモートOKになる企業が今後増えると思っています。

長期的なリモートワーク導入に際し、フリーランスになった時に感じたこととも共通するのですが、人と会わなくなった、雑談しなくなったことにより、会社で得られていたようなインプットが減るので、そのインプットを補填できる場所が必要だと思います。

また、ちょっと精神面が繊細なスタッフをサポートする体制も必要です。大げさにメンタル相談室を作ったりすることではなく、気軽に参加できるランチ会を定期開催し、雑談しながらストレス発散できる機会を作ることも大事だと思います。 コワーキングスペースのプランに合ったらいいなと思っているのは、1社につき数名が利用できるようなプランがあったら、コワーキングスペースに集った社員同士でランチに行ったり、コワーキングスペースのメンバーである他社の社員やフリーランス、起業家との繋がりも生まれていいんじゃないかなと思います。

社員が集まる場所は、従来のオフィスでなく、コワーキングスペースやシェアオフィスを活用するということでも十分だと思います。社員だけのコミュニケーションにとどまらず、新しい出会いも期待できます。